いってきます。
福島第一原発より飛散した放射性物質の影響で、物資の届きにくいと言われている、
南相馬市の避難所へ坊守と二人で物資を届けてまいります。
マリポンさま、浄賢寺さま、専念寺さま、川窪牛豚肉店さま。
急なお話にも係らず、ご助力頂きました皆様には心より感謝申し上げます。
皆様のお心を確かにお届けしてまいります。 合掌
私たちにできること2
その際に、私個人でも何か支援をできないかと考え、仙台市役所に問い合わせた所、避難所を回っている保健師さんから役所に入れ歯入れるタッパーがほしいとのご要望があったとのことでタッパーを200個届けて参りました。


仙台市役所健康福祉局の折原さん。
仙台市内は、スーパーなどほぼ通常に営業が始まっていましたが、多賀城市は水道が通ってない状況でした。

避難所となっている多賀城小学校体育館の壁には、いまだ行方不明の方の安否情報を求めるものや、みなさんそれぞれの現在の状況を記載した張り紙が掲載されていました。
また、体育館内では市の職員さんが皆さんのお世話をされてがんばっていらっしゃいました。ご自身の事も大変な中、職員さんのご尽力には本当に頭が下がります。職員さんに不足のものを尋ねた所、水道が通ってないためお風呂に入れず、せめて新品の下着に着替えをしたいとの要望が多いと伺いました。そこで仙台市に引き返して探した所、品薄では有りましたが下着が販売されて居り買い集めて多賀城市役所宛にお送りさせていただきました。仙台市と多賀城市、車でほんの数10分の距離で町の様子の違いに驚かされました。

塩釜市内の酒蔵、浦霞さんでは、社員の方々が復旧作業をされていました。お酒は、海水が入りどんな状況かわからないが、無事なものも少しは残っているとのこと。

塩釜駅前の高架下。

今回の宮城行きで宿泊させていただいた、仙台空港からほど近い岩浪市臨済宗妙心寺派の恵洪寺さん。
恵洪寺さんのお檀家さんも3名の方が犠牲になれれたとのことでした。
ご本堂、庫裏はご無事でした。大変な状況の中ご住職様はじめお寺の皆様は、心温かくお迎えくださりお世話になりました。
恵洪寺さんから南へ数キロ、亘理町近辺は言葉には出来ない惨状で、
津波の破壊力の凄まじさに絶句してしまいました。




今回の2日間程では十分な事ができませんでしたが、今後も私たちにできることを継続的に行い、被災地の方々のお役に立てればと願っております。 合掌